藤扇裕士 二世家元

昭和二十三年六月二十九日東京に生まれる。昭和二十九年、六歳六月六日より藤間流に入門し、日本舞踊の世界に入る。幼少より藤間流で修行してきた母の指導と併せ、より一層舞踊を研鑽すべく、母とともに岩井紫若師に入門して古典舞踊の修行を続けた。昭和四十二年、母・藤扇祥扇が藤扇流を創流した後は、母とともに岩井流を円満に退籍し、藤扇流二代目家元として専念した。昭和五十年には、いっそうの芸道修行のため、識者の推薦により、宗家藤間流に入門し修練し、数々の大舞台も経験した。最近では、藤間紫師の薫陶により六十一年十一月の歌舞伎座における藤紫会で「蝶の道行」を先代市川門之助丈と演じた。他に主な舞台と共演者は「三番叟」(十周年沢村田之助丈)、「二人椀久」(熊本公演・市川門之助丈)、「吉野山」(初リサイタル・藤間紫師)「丹頂千歳」(二十周年、朝丘雪路師)と多彩。岡千秋さん、三船和子さんなど、多くの作曲家や演歌歌手の方々との交流も深い。また、”ふじたけし”の名前で作詞も手がけている。
 
ビクター民踊・舞踊連盟理事
日本クラウン(株)クラウン邦楽舞踊協会理事
目黒区民踊舞踊連盟 副会長
関東舞踊連合会会長


長唄小曲 「比翼の蝶」
発売日: 2001年7月1日
作詞:ふじたけし/作曲:三枝孝榮
唄)東音 浅見文子 東音 圓井英子
東音 伊勢弥生 東音 岩田喜美子 
鳴物:藤舎千穂
 
日本舞踊の各流派により振り付けされている古典の代表作、義太夫「蝶の道行」を題材に、長唄とオーケストラ演奏で今日的な作品に仕上げた舞踊曲であり、その振り付けの優美さと共に、藤扇流の代表的な作品となっている。


藤扇祥扇 故一世宗家

昭和十二年十月十日東京に生まれる。六歳の六月六日より藤間流に入門して以来、熱心に日本舞踊の修行に励む。戦争の間と結婚当初にはやむなく修行を中断したが、戦後落ち着いてからは舞踊研鑚の意欲が一層高まり、改めて岩井流宗家・岩井紫若師に入門して修練をきわめた。その間にも地元、目黒の地域文化活動の一環として民謡サークルを発会し、振り付けと指導に才覚を発揮。 たいへんに研究心旺盛なため、文献などによる研究では飽き足らず、足まめに各地に出向いて民謡舞踊の取材に励んでいた。ある時、東北の山奥深くのひなびた地に見た郷土舞踊に強い感銘を受けた。それにより沸き起こった新たなる進取の意欲が発端となり、昭和四十一年藤扇流を創流。 繊細にして豪放磊落な性格とかかる豊かな資質とがあいまって数多くの振り付けを生み、藤扇流宗家として数多くの門下より尊敬と思慕を賜ってきた。
 
舞踊活動の傍ら、俳句を学び、雅号を「南見女」と称して数点の秀作が歳時記に記載されているほか、作詞家として数多くの作品も残している。
 
「パリ一人」
作詞 ふじ・なみ女 作曲 三枝孝栄
「藤の寿」
作詞 小野金次郎 作曲 芳村伊千十朗 監修 藤扇祥扇
 「お梶」
作詞 ふじ・なみ女 作曲 千本歌扇 編曲 堅田喜三久
「夢つれて」
作詞 ふじ・なみ女 作曲 千本歌扇 編曲 堅田喜三久
「鏡の夕焼け」
作詞 ふじ・なみ女 作曲 千本歌扇 編曲 堅田喜三久
「扇三番叟」
作詞 ふじ・なみ女 作曲 本條秀太郎 編曲 山中博 歌 高橋キヨ子
「紅・おんな・夜の雨」
作詞 ふじ・なみ女 作曲 本條秀太郎 編曲 山中博 歌 高橋キヨ子
 
平成十年十月六日、脳内出血のため死去。享年74歳、戒名 俊徳院華月祥扇寿栄大姉。


藤扇舞華 三代目

昭和五十三年六月二日東京に生まれる。昭和五十五年、二歳六月六日より藤扇流に入門し父である二世家元藤扇裕士師に師事し日本舞踊の世界に入る。昭和五十五年九月に「藤扇流舞踊会」東横劇場にて「虫送り」で初舞台をふむ。より一層舞踊を研鑽すべく平成十四年に岩井紫若師に入門して古典舞踊を学ぶ。平成二十一年五月、七年に一度の善光寺御開帳奉納屋台巡行にて「浮かれひょうたん」を踊る。他に主な舞台は「長唄 男舞」(家元襲名公演)、「丹頂千歳」(四十周年記念公演)、「パリ一人」(四十五周年記念公演)、「宵闇」(五十周年記念公演)と数々の舞台にたっている。

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